古筆家と極札

桃山時代の頃の知識階級といえば公家や寺院(高僧)でした。

 しかしその頃は商人や庶民がそういった上流階級に鑑定を依頼することは難しかったのです。

 そこで公家の烏丸光広から手解きを受けた平沢弥四郎が、関白豊臣秀次から「古筆」姓と「琴山」の金印を賜り、古筆了佐と名乗り鑑定を商売にしたのが古筆家の始まりです。

 そしてやがて代々の古筆家(のちに分家などが多くでる)の当主が鑑定した際に発行した細く小さい短冊状の鑑定札を極(きわめ)(または極め札)といいます。
 そしてその極め()が付いている=良いもの、本物といわれたことから「極め付き」という言葉が残り、現在でもいい意味で使われています。
 また逆に極め札が偽物の場合もあり、いわゆる鑑定書の偽造ですね。そのことを「札付き」といい、現在でも良い意味では使われないことがあります。(語源には諸説があります。)
 しかしながら、現在では極め札は鑑定書としての効力はなく、「極め札が付いている=良いもの、本物」ではなくなってしまっています。

  でも極め札が付いていることは百年以上または数百年と代々にわたって珍重されてきたものという証拠ですので、大切に作品と一緒にこれからも残していきたいものです。


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