武鑑(1)

森下美術 武鑑

鑑というものをご存知ですか?

武鑑について、森鴎外は「徳川史を窮むるに闕くべからざる史料」といい、また徳富蘇峰は「武鑑ハ徳川時代ノ索引」「江戸幕府時代の一貫シタル目録」と述べています。

武鑑に記載されている内容には主に二つあります。

まずひとつに刊行当時の諸大名に関する詳細な情報です。

藩主の名前、禄高、官位、城内詰所、家紋(定紋・替紋)、領地、役職、系図、嫡男、正室、屋敷地、馬印、纏、参勤交代の時期、献上品、拝領品、主な家臣名等々が記されています。

そして次に幕府の役職、役人に関する情報です。

上は大老、老中、若年寄、大目付、各奉行など上級から御家人たちの勤める下級役人や能役者等に至るまで、役職ごとに家紋・禄高・父の名前などとともに役人の名前が記されています。

 武鑑には全国のすべての藩が網羅されており、その中には有名な藩主たちの名前が出てきます。例えば大岡忠相、水野忠邦、松平定信、井伊直弼、島津斉彬、徳川斉昭、松平容保などの諸大名や、遠山景元(金四郎)、長谷川宣以(平蔵)、勝安房守(海舟)、川路聖謨など旗本衆や、さらに狩野派、土佐派など有名絵師の名前を見つけることができます。

 ここで武鑑の簡単な歴史を見ていきます。

  まず武鑑の最も古いのは、「江戸の武家名鑑―武鑑と出版競争」(藤實久美子著)によると寛永20年(1643)刊の屋甚左衛門版だそうで、以後30年間は「御紋尽」という名称が多かったのが、「江戸鑑」という名称を経て、貞享2年(1685)の「本朝武鑑」以後、武鑑という名称が広く定着していったようです。

森下美術 武鑑

初期の頃は1冊本で、内容は大名に関する情報のみでしたが、徐々に記載情報の多種化に伴い、冊数、丁数も増加し、宝永5年(1708)の「一統武鑑」において初めて4冊本が出されました。やがて「大名」2冊・「本丸付役人」1冊・「西丸・御三卿付役人」1冊の合計4冊組の仕組みが一般化され、幕末まで続いていくことになります。

また4冊本が携帯用に1冊にまとめられた「略武鑑」というものもあり、4冊本には載っていない特典情報が載るなど、江戸土産としても大変人気があったそうです。

                          (武鑑(2)へつづく)

 

森下美術 武鑑 御三家 紀州藩 徳川家茂

紀州藩主時代の徳川慶福 のちに14代将軍徳川家茂となる 

赤坂喰違に上屋敷があった(現在の赤坂東宮御所や迎賓館一帯)

 

参考文献

「大武鑑」橋本博編 名著刊行会

  「江戸の武家名鑑―武鑑と出版競争」藤實久美子著 吉川弘文館


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